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不定期ですが、南部靖之の今の考えや メッセージを「南部通信」として発行しています。 |
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愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない。不作法をしない、自分の利益を求めない、恨みをいだかないー。
(国際ギデオン協会発行・新約聖書 コリント人への第一の手紙より抜粋)
キリスト教式の結婚式でよく耳にする『聖書』の言葉です。私にはこの言葉の持つ深い意味まではわかりません。ただ最近、この言葉が私たちにとって本当に大切なことを言っているのではないかと感じます。
それは、ここ数年急速に日本社会から「寛容さ」が失われ、もともと日本人が持っていた、助け合ったり、お互いを思いやったりする心が薄れ、互いに監視し合い、ひとたび何かあれば、文字通り「情け容赦なく」人を追い詰めるような風潮になってきたと感じるからです。
たとえば、「政治とカネ」の問題ひとつを見ても、後ろ向きのつぶしあいで、本来なされるべき政策論争の機会が失われてしまっているように見えます。
日本の未来を担う子供たちの教育の場であるはずの学校では、「モンスターペアレンツ」と呼ばれる親からの理不尽なクレームが教師を追い詰め、携帯の「学校裏サイト」で子供たちがトラブルに巻き込まれています。
このようなギクシャクした社会になってしまった背景には、新しい法律がどんどんできて「あれをしてはいけない。これをしてはいけない」というルールが増えたこともあるでしょう。
さらに言えば、携帯電話やPCのメールなどITが人と人とのコミュニケーションのあり方を変えてしまったことの影響も大きいと思います。
私たちは、家族や仲間、友人、職場の上司や部下、同僚など、さまざまな人と人、また心と心のつながりの中で、悩んだり、その解決方法を見つけたりしながら生きています。
ITは私たちの生活に革命的なイノベーションをもたらし、インターネットや携帯、メールなどで、その便利さを享受しています。
しかしITは、いったんその使い方を間違ったり、それだけに頼ったりしてしまうと、社会のさまざまな「絆」を断ち切ってしまうことにもなりかねない「両刃の刃」です。
ITに支配されるのではなく、ITと共存、共栄していくための方法を、私たちはこれからもっともっと考えていかなければなりません。 |




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